昼過ぎに少しだけ雪が降った。先週借りたDVDを返しに出た帰り、本屋に寄ると窓越しに降るのが見えた。水気の感じられない、散り散りにされた羽のような雪は、風のない今日の大気の中、十分な時間をかけて舞って落ちた。ぼくは車に戻ってエンジンをかけ、少しの間、サイモンとガーファンクルを聴きながら、それらのトラックにまつわる自分の記憶を、ほとんど無意識のうちに辿っていた。冬にうってつけの音楽だ。
車を買った。
時間は過ぎていく。オブラディ・オブラダ。
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小説を書こうと決めた。理由はいくつかあると思うのだけれど、それをわざわざリストアップしたことが無いから、いくつあるのかは分からない。ただ、十二月、名古屋駅を一人で歩いていて、思い立ったのだった。今なら書けるんじゃないだろうか。雑踏を見ながらそう思ったのだ。
しかし問題がある、ぼくはビートルズを聴き始めて十年以上になるのだけれど、それと同じくらい、ずっと前から小説を書きたいと思い続けていて、それでいてまともなものは一つも書けたためしがないのだ。
今度も同じだった。断片的な文章がいくつも出来上がった。何人もの女の子が出て来て、何人ものアーティストの音楽を聴いていた。鉛筆で書いたものは雨で濡れてふやけてしまったし、スマートフォンで打ち込んだものは、SNSの下書きに保存されたまま読み返されることさえなかった。ぼくは混乱し続けているのだった。やるせない気持ちはもう、十何年来ぼくのへその辺りに堆積し続けて決して排泄されようとしなかった。酒を飲んでもセックスをしても飽きるほど寝ても痩せるまで風呂に浸かっても一緒であった。
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コーヒーを飲み終えてしまった。ここから出なくちゃならない。ぼくにはもう何も書けないのだろうか?それは恐怖であった。もうずっと、書くことに依存してきたし、書くことでぼくは成り立っていたのだから。書けないとするならば、今のぼくはいったい何者なんだろうか。自分でさえ分からないのだ。散漫なアイデアが良くない風向きで行ったり来たりしている。雑多な紙切れがノイズみたいに駅前のロータリーをランダムに撫でている。ぼくは文章を書きながら苛立つようになってしまった。白髪の老人が憂鬱な目で週刊誌を見つめている。