芦川の言うことは全く分からなかった。具体的な物事を表すために、わざわざ視点を手前にうつしてぼんやりとした場所から語ることはしばしばある。けれども芦川の表現はいつもぼくを混乱させた。ぼくに感じられるのは本当にわずかな部分だけで、それはほとんどの場合、彼が何かに苦しんでいるということだけであった。
ぼくは自分のことを本当に平凡な人間であると思っている。理由は簡単で、これまで親しくしてきた人間のことがヘンテコに見えたからだ。彼らに比べてぼくはいつも至極まともな人間であった。しかし芦川はいつもぼくのことを「おまえは変なやつだ」と言った。ぼくからしてみれば、芦川の方がよっぽどおかしな男なのに。
「沈黙だ、分かるか」
「分かるわけないよ」
「いいんだ。サウンド・オブ・サイレンス。おれたちはまだ十八なんだ」
ぼくたちはまだ十八であった。高校三年の夏、受験勉強をしないで、ぼくらは東北一周を敢行していた。夜行バスで名古屋から新宿に向かい、上野を出発して青森駅を目指した。鈍行の列車に揺られる間、ぼくらはいろんなことを話したものである。八月のはじめ、ぼくらはまだ十八になったばかりであった。
芦川が澱みについて話したのは、青森でねぶた祭を観た二日後の早朝、新潟市の民宿を出発して駅に向かって歩く途中だった。その日は旅の最終日で、十時間余電車に揺られて長野県を突っ切り、名古屋にたどり着くというスケジュールだった。晴れていた。真夏の日差しがぼくらに注いでいた。
「おれたちはまだ十八なんだ」その言葉からもう、七年も経った。
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ぼくら二人は大学受験に失敗し、お互い別々の場所で一年間浪人生活を過ごした。芦川は京都大学に、ぼくは慶応大学に進学した。連絡は今ではほとんど取らなくなったが、ときどき会う。前に会ったのは…そう、もう二年近くも前だ。ぼくは就職を控えた最後の春休み、芦川は劇団を立ち上げる構想を練っている頃だった。二十三歳。東京駅から少し歩いた大衆居酒屋だった。
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