2014/08/29

Bonjour Tristesse

 地下鉄のホームの隅で白髪の老人がギターを弾き始めた。はじめは古いカントリー、それから薬漬けになったアーティストの名曲、またカントリー、それからサザンロック。ぼくは少し離れた椅子に掛けて、長いことそれを聴いていた。無数の車輌がそこには訪れ、そして滑るように過ぎて行った。ゆっくりと停止すると自動扉が開き、夥しい数の人々が乗降した。ぼくの居た隣の席にもたくさんの人が座り、立ち去った。ぼくほどその音楽に長い時間耳を傾けている人は居なかった―誰もが忙しかった。それぞれの問題を抱え、それぞれの方策に耽っていた。問題を肩にぶら下げたままにしているのはぼくくらいのものだった。その考えはぼくにある西部映画を思い起こさせた。大学2年に観たものだ。主人公の青年は獣の肉を干して保存食として旅に伴った。干からびたぼくの問題たちは水分を飛ばして軽くなり、老人の調べ、弦が織り成す空気の振動に共振してぼくをも震わせた。しばらくすると肩の辺りがじんと麻痺した。ぼくはそれを確認すると椅子から立ち上がった。ちらと老人がこちらを見た。美しく豊かな白髪、ぼくは彼のこれまでの生涯を思わずには居られなかった。

 老人は枯葉を弾いていたが急にやめ、別の曲を弾き始めた。散り散りの音の全容を、はじめぼくは掴み損ねていたが、乗車位置で足を止めて神経を集中させると、それがショパンの別れの曲であることに気が付いた。ぼくはそういった類の音楽には疎かったけれど、それは聴いたことがあった。スペインのグラナダで聴いたのだ。バーで演奏するネグロイドの青年を見やりながら、親父はこれはショパンの別れの曲というのだと教えてくれた。ぼくはまだ船酔いが抜けきらないぼうっとした頭でそれを聴いていた。親父はもう、覚えていないかもしれない。

 音楽はぼくを揺さぶる。芸術とは不思議なものだ、かくも輪郭の判然としない力を、ぼくはほかに知らない。変色した古い小説のインクの汚れに、一枚の変哲のない風景画に、そうしてこの、都会に埋もれかかった、袋小路で奏でられる音楽に、どうしてぼくらは感動するのか。俄かに風が吹き始めると、トンネルの向こうに列車のライトの明かりが見えた。その光景はぼくにどういうわけか、田山花袋の蒲団を思い起こさせた。芳子が父に連れられ村に帰る場面のことだ。田山花袋…!ぼくはどうしようもない気持になる。ゆっくりと音楽は進んで、ちょうど車輌がぼくの眼前でぴたりと止まると同時に、止んだ。ぼくは全身に得も言われぬ痺れを感じていた…それから或いは、芳子の匂いを。

 扉が閉まり、動き始めた。白髪の老人はまた、次の曲を始めたらしかった。車窓が彼の前を通り過ぎる瞬間、彼は薄目をそっと閉じて、上体をそれまでのように、ゆっくりと揺らした。

2014/08/02

青い麦

 昼下がりの畦道を自転車でゆっくりと走ると、青い麦という言葉が浮かび、そういったタイトルのコレットの小説を思い出した。しかし内容はほとんど思い出せなく、ただその小説に染み付いた情景と、いま自分の含まれている風景とがマッチせず、同じ青い麦でもかくも違うものかと妙な感動に耽った。音楽を止めて周囲を見渡すと、真っ青な夏の大海原に、無数の虫たちがあらん限りの叫びを尽くしていた。悪くなかった。照りつける太陽は異邦人の、かののんびりと緊迫した銃声を思わせたが、不都合なことに、そこには海はなかった。ただ只管に広がる空の青色に、海原を連想させることも不可能ではなかったのかもしれない。カフカの短編集だったか寓話集だったか、忘れたが登場する測量家?だっただろうか、旅行家だっただろうか、思い出せないがとにかく、見知らぬ土地で不気味な風習に出会うことの、ある種快感にも似た感覚を想像する・・・無論いまぼくのいるのは、ぼくの故郷であるが、だからこそ思うのだ・・・つまり、まったく所縁のない土地でしか味わえないあのエキゾチシズム、下腹部の奥からじんわりと昇ってくる感覚は、えもいわれぬ印象を孕んでいる。

 エキゾチシズムはゴーガンをも思い起こす。悩ましい臀部をひねった褐色の女たち・・・タヒチから帰った知り合いが土産に紅茶を寄越した。当時紅茶を好まなかったぼくは、それをきっかけに飲むようになったのだった。彼はいま、大学院で物理学を極めんとしている。

 *

 眠りから脱け出してきて、ぼんやりとした頭でこれを書いている。タオルケットに包まって、仰向けになってこれを書いている。
 
 *

 本屋でTOEICの問題集を買おうとして止めた。それから芥川の魔術の収録されたものを買おうとして、これも止めた。ほとんど持っている話ばかりだったからだ。それから幸田露伴と迷って、トマス・マンの長編を買った。戻ると親父の本棚に同じものがあった。ぼくは上下巻とも買ってしまったことを悔やんだ。今思えば、ぼくはその、親父の本棚にあるものを予備校生のころ読んだのであった。すっかり失念していた。ぼくはほとんどのことを忘れてしまう。

 *

 眠気がまた訪れた。おやすみなさい。

2014/07/11

二年前に書いた文章の断片

いろんなことを考えながら歩いているうちに、背中に少し汗をかいていた。駅に降り立った時には寒くてパーカーを羽織ったものだったが、坂道を上り続けているうちに体は温まっていたのだ。時刻は八時をまわった頃だ。僕の精神はすっかり夜の闇に鎮められているように感じる。ポケットの中に手を突っ込むと、鍵と小銭とが擦り合う音がじゃりとした。僕はその、現実的な金属の音が嬉しくて、じゃりじゃり、と立て続けに鳴らした。鍵は勿論、僕が一人で住んでいた部屋のものではない。そんなものを持ってくる必要はないからだ。

「ハイセンスな女の子なんて存在しない。ハイセンスはいつも男性の中にしかない。」と、高校時代の彼女は言った。自転車の鍵を頭上に高く投げて、それをキャッチする。そんな造作を繰り返しながら、彼女は僕と一緒に歩いていた。

僕が黙っていると、「あたしにもセンスはない。分かるのよ、ただ分かるの。」と彼女は続けた。「そして、年を取るにつれてますますつまらないことになってしまうの。」

今のことは知らないけれど、僕は当時の彼女のことを、センスのある女の子だったと思っている。けれども、彼女の言うこともある意味正しいのかもしれない。だって女の子である彼女が言うのだから、それは僕の考えよりも信憑性があると考えるのが至極普通だろう。

「どうして女の子にはセンスがないの」と僕はその時尋ねた。今でも覚えている。高校からの帰り道だ。ほとんどの生徒が通る、高校の前の坂道を途中で右に折れると、静かな住宅街に入る。その道は逆にほとんど人通りが無くて、僕らはよくそこを通って帰った。駅まで行くには遠回りになってしまうが、途中に小さな公園があったり、昔ながらの駄菓子屋さんがあったりして、僕はその道が好きだった。その道でまさに彼女は、「きっとね、それは仕方ないことなのよ。女性の美しさを男性が持ち合わせられないように、それは無条件なことなのね。」と言った。直後に漏らした彼女の微かな溜め息は、僕がこれまで聞いた中で最もハイセンスな溜め息だった。

鍵、と僕は思った。彼女の鍵にはしし唐のキーホルダーが付いていた。とてもハイセンスだ。


僕が今握っている鍵は、向かっている別荘の鍵だ。祖父の別荘。父親が子供の頃は、夏休みになるとよく家族で出かけたのだという。川で遊んで魚を釣り、夜になると焼いて食べた。音楽をかけてカードゲームを遊び、二週間ほどはそこにいたのだ、と。父親とその妹が成長するにつれてそこに訪れる機会は減ったのだ、と祖父は先日話した。僕は一度その別荘に訪れたことがあった。それは高校一年生の時で、友人と二人で東日本を一周したときのことだった。都内から鈍行列車で遥か離れ、途中に寄ったのだ。三日間、僕らはその別荘に滞在した。友人はコウムラという男で、高校を卒業し、東京大学に合格した年の夏にグアテマラで死んだ。南米に旅に出かけている最中に入ったレストランで、たまたま爆発テロが起こったのだ。運の悪いことに、グアテマラというのはたまたまテロの起こるような国であった。彼を含めて、レストランの中にいた人間は全員死んだのだという。彼はスタインベックの好きな男だった。「なあ、お前にはセンスがある。」と、コウムラは僕に言った。「ただ、勇気がないだけだ。」

僕にはやはり勇気がなかった。だからこそ今、この湿った林道をとぼとぼと歩かなければならないのだ。別荘の鍵は何の変哲もない、普通のなりをした鍵だ。アクセサリも何もない。夜はすっかり密度を増して、もうすぐ別荘に辿り着こうとしている僕の背筋をしゃんと伸ばす。咳払いをすると、夜の空気に少しだけ響いた。

2014/07/08

疑心

 ぼくは甘い。自分にも甘いけれど、こと女の子には甘すぎるくらいに甘い。けれどもそれは優しさとか寛容さではなくって、ぼくは結局のところ、彼らについてほとんど諦めているということだ。もう期待することは止した、まあ実際の話、まだきちんと諦めきれてはいない。けれどもそれだって時間の問題のはずだ。少しずつ染みこんでいく、ぼくはもう彼女たちのことを信じない。だから甘くなっていく一方だ。大抵の裏切りや嘘では傷つかなくなるだろう。その代わり愛することもできなくなる。それは抗いようのないことだったのだ、ぼくが信じて、彼女らがそれに背く限り、ぼくはそういった道を辿らざるを得ない。これは自明だ。

 どうしてそんなに優しいのかしらと言った女の子が居た。ぼくは当時、自分のことを優しい男だと思っていた。けれどもそれは幻想なのだ。もし次会うことがあれば告げるだろう、ぼくはこれっぽっちも優しくはないのだと。きみに対して誠実ではあれなかったのだと。ぼくは最後まで、自分に対する誠実さで精いっぱいだったのだ。誠意の絶対量は決まっているのかもしれない。それを全て自分に注いでしまったのだ。

 *

 久しぶりに晴れたから、早い時間に部屋を出た。大学でこれを書いている。平和な午前だ。おろしたてのTシャツは柔軟剤のいい匂いがしている。匂いが好きだと言われる、それは何の匂いのことだったのだろう。雲はうんざりするぎりぎり手前のところ、絶妙な穏やかさでゆっくりと過ぎていくし、学生は皆晴れやかな顔をしている。ぼくは友人を待ちながらいろんなことを考えている。考え事は浮かんでは消え、また浮かぶ。いろんな人のことを、いろんな自分のことを思う。

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 憧憬はある。ぼくが発しているそのもののぼくを、まったく同じニュアンスで受け入れてくれるような状況、そうしてぼくも又、彼女のことを、同じように信じるだろう。そういったケースがもしあったらどれだけ安心できるだろうと思う。けれどもおそらく、そんなのは有り得ないのだろう。わずか残る微かな希望にも、ぼくは縋るのが心底恐ろしくて仕方ない。もう本当に、ぎりぎりのところなのだ。余裕のある男性になりたいと常に思っている。時間に、金に、生活に。けれどもぼくには余裕はなかった。いや、物質的にではない、ただそれよりももっと根本的な部分において、ずいぶんと窮屈な思いをしていた。真皮が爛れている。ぼくにはそれを感じることができる―火傷のような痛みだ。

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 悲しみは水のように、さらさらと流れている。擦りむくと血が出るように、ぼくは水のような悲しみを垂れ流しているのだ。それが尽きることはない、水脈はぼくの底の無い絶望の先まで続いている。逆立ちしたって、どれだけ美しい女の子と寝たって、それを止めることは出来ない。であれば、ぼくはそこに甘んじるしかないのか?どうなのだろう、悲しむことはつらいことだ。もしも本当に、何も言わない温かさがあるのなら、いや、うーん、駄目だ。研究会のことをしこしこと続けることにしよう。埒なんてそもそも明くるものではない。根なぞ無い。気の毒な男である。

2014/07/01

屁理屈マン

『生きのびているのは、馬鹿と、ならず者だけである。』



 講堂の窓から青空が見える。前の黒板には今日の授業が休講になった旨が稚拙な筆致で記されていて、だから堂内は数人の暇な学生が点々としているだけでがらんどうだ。ぽっかりと空いた空間の心地よさに酔ったまま、彼らはぼんやりと各々の所作にふけっている。ぼくもその一人だ、縦長の窓の外をぼんやりと眺めながら…およそ果てのない憂鬱な思索を試みている。
 食堂に行けばいつものように仲間が談笑に食事を摂っているはずだが、思うようにぼくの気持ちはそこへは行かない。どうにもうんざりとした心持のまま、数十分の間を自慰のような空想に充てている。空調の効いた室内。

 …大学創設者の著作を読んだことがない。ある教授がうんたらのすゝめという世に言う名著を講義で薦めていたが、ぼくにはどうにも読む気が起きなかった。「先生の本を一読しておくことは、本学の学生としては大いに価値のあることだ」と彼はのたまった。そう言われてしまっては読むわけにはいかないのだ。無論その名著たり、又少なからぬ真実を孕んでいることには特に疑いもしないが、しかしだからとて、それを読んで新しい発見があるかといえば、そうも思われない。第一ここの学生に学問の匂いを感じたことはほとんどない。ぼくもそうだ。



 人間の行動の源泉に感情を認めたくはない。そこには常に理性の介在を保障したい。つまり、確かにぼくは感情を認めたい、感情がなければ生きる価値などないからだ(画一的な世界になってしまうということだ)。しかし人として生きる上では、やはりその感情を包含するような理性の発揮が不可欠であることは、構造上ごく自然にして、又、定義上も正当かつ絶対であることは明々白々たる真実に他ならなかろう。人間にとって、感情は核にはなりえない。それはあまりに古すぎる。

 その意味で、人間である以上、ぼくは考えることから逃れたくはない。従えば、その半ば本能的な衝動(感情と本能は本質的に異質のものである)こそが、ぼくの誠実さへの憧れを成り立たせている。誠実さとは考え抜くことに相違ないのだ。自分に対して、相手に対して、あるいは世のあらゆる要素に対して、常に愚直なまでに考え、そのために働きかけることだ。

 ところがどうして、世の中には頭を使わない人があまりに多いように思われる。彼らはもう一歩、二歩先を考えれば、あるいは、もう三秒頭を使えば踏み外さなかったろう。 しかし一度過ちを犯したなら、たいていの場合、もう取り返しはつかない。ここにこそ、ぼくの経験を否める所以がある。経験には価値はないのだ。

 ぼくの言う経験とは、理性の外で行われる経験のことだ。

「経験しないとわからない」という人が多くいるが、果してその根拠はどこにあるのか?経験をしなくてもわかることはたくさんあるし、そういった認識を持たないで無駄な経験をすればするほど、彼はどうしようもなくすり減り、人間としての正しさを失っていく。

 だからぼくは、若気の至りという言葉も嫌いだ。若かろうがなかろうが、考えればわかることは常に同じだ。経験や知識に基づいて言葉を連ねる人間は信用ならない。彼らは無責任だ。いつでも他者の中でしか語ろうとしない。結局のところ、彼らは考えるのが怖いのだ、あるいはもっとひどい場合では、彼らには考えるという能力が根本的に欠落しているのだ。



  経験や行動は、考え、疑い、認識の底を触ったときにはじめて、その意味を生む。



 窓の外に薄らと雲がかかり始めている。雨が降らないうちに部屋に戻ろうと思う。酒屋で安いウイスキーとビールを買って、今夜もゆっくりと本を読もう。こういった日々が、ときにはあったっていいじゃないか。

2014/06/24

テレビを観ない

 テレビを観ない。高校生のころからテレビを観なくなった。夏の甲子園くらいのものだ。或いは、地震速報くらいのものだ…それだって最近では、近しい教授のホームぺ―ジにアクセスした方が早いし、正確だ。本当に、ぼくはテレビを観ない。おそらく年間通して一時間も観ない。そのうち能動的な観賞は十分にも満たないだろう。

 煙草を吸わない。常習的に吸った時期はほんの一瞬だった。当時は酒を飲むと吸いたくなったが、今ではその衝動さえも心地よい肴で、実際に喫煙することはない。周りはみな吸うが、それを借りることも無い。何だか、別に嫌いと言うのでもない。ただ、なんというか、無意味なことをしたくないのだ。とても吸いたいなら吸うべきだと思う。それを否定はしない、否定しだしたらぼくには友人が居なくなってしまう。ぼくはとても吸いたくないわけじゃないから、そんな奴に吸う資格はないと思うだけだ…うーん、ちょっと言い過ぎかもしれない。ただまあ、今後も吸うことはないと思う。吸わないことを格好いいとは思わない、寧ろ映画なんかには煙草が欲しい。ボガートなんかには絶対に吸っていてほしい。

 シャワーを浴びないとベッドに入れない。或いは、シャワーを浴びないと夜を越せない。例えば友人の部屋で夜通し飲むことに抵抗がある。もしそこに居座るにしても、必ず替えの下着を持ってシャワーを借りたい。できれば一度自分の部屋に戻ってシャワーを浴びて着替えてしまいたい。どうしてかは分からない。たくさん汗をかくが汗がとても嫌いだ。代謝がいいと汗はべたつかないしにおわない(と言われる)。それでもぼくは汗が嫌いで、夏場は一日に幾度となくシャワーを浴びる。ぼくはシャワーが好きだ。外から戻ると少なくとも足を洗う。靴を脱いだ足で部屋に居たくない。ただ別に潔癖と言うのでもない。部屋はさほど綺麗ではない、寧ろ大抵散らかっている。

 期待をしない。自分にも、相手にも、求めすぎてはいけない。常に自分を把握することはすごく大事だ。大それた夢も、相手への欲求も、ひとまず実際のところを知ってから、はじめて至ることができるんじゃないかなあ。そんな朝、二限に遅れそうな朝、音楽ばかり聴いている。ぼくは音楽をよく聴く。

2014/06/20

何も知らない

 ケフラヴィーク国際空港に向かって機体が着陸態勢に入ると、窓から大地が見えた。ぼくははそれを月面と見紛った。斑ひとつない、眩しいほどの青の足もとには、灰色の荒野が延々と広がっていた。滑走路だけが不自然に一本、浮かんでいた。妙な気持になったものだ、今でもよく覚えている。チョコレートバーを齧りながら、ぼくはぼんやりと景色を眺めていた。



 大学生になったぼくは、国内のあらゆる土地を歩き回った。鈍行列車に宛てもなく揺られ続け、一等閑散とした駅で下りることを好んだ。昼間のベッドタウン、東北の山間部、和歌山の奥地。ぼくはバックパックを背負ってホームに足を踏み出す度に、かつての、高校一年の時分に感じた、かのアイスランドの感覚を思い出すのであった。音楽ともない音楽が脳裏をうっすらと流れてゆき、匂いともない匂いが鼻腔の裏を撫でていく。腹の底で打ち続ける鼓動はぼくを果てなく歩かせた。知らない土地がどうしようもなく好きであった。ポケットの小銭を握りしめて、時間の制約を逃れて、背中にじっとりと沸いてくる汗をも好意的に受け入れる。そこには確かにぼく自身が在ったのだ。そこにいる自分こそに、ぼくは意味を見出していた。



 大学の単位もそこそこ取り終え、就職活動を終え、周囲は口々に、ぼくのことを順風満帆だと言う。羨ましいとのたまう。他大学の女の子の態度もがらりと変わり、親類もやたらと褒め称える。ぼくはもう、本当にうんざりしていた。なんだか一つの展示品にでもなった気分だった。順風どころかそよ風さえも吹かず、満帆どころか帆は垂れて微動だにしていない。それはぼくにとっては不思議だった。自己顕示欲、承認欲求、ぼくに備わっていると思い込んでいたものに対して、その不在をありありと感じたからだ。

 ぼくは本当にうんざりしている…金曜の昼間から大掃除をしている。全ての不要物を捨ててしまおうと思った。シャワーを浴びて、洗濯をして、ビールを飲んでいる。女の子から今夜飲もうとラインが届いていた。飲みたくないわけではなかった。しかし彼女の話は詰まらないし、何しろ情欲に掻き立てられることに快さを感じられそうにはなかった。



 「知らない土地を歩くとき、何を考えるの?」

 そう尋ねられたことがあった、もう二年以上も前の話だ。横浜の裏手にある居酒屋で、カウンターでビールを啜りながら、ある女の子と焼き鳥を食べていた。ぼくはその問いに答えることができなかった。

 旅の中で考えることには、ある種二次産物的な側面があるのかもしれない。何故なら、ぼくは考えるために旅をしているわけではなかったからだ。自分を探求しようだとか、何かを知得しようだとか、そういった意識はまるでなかった。それに気が付いたとき、ぼくは驚いた。ではどこに意義があるというのだろうか。あえて言うなれば、ぼくは考えてなぞいなかった、いや、厳密に言えば、意識的に考えると言うことはしなかったのだ、結果的に考えるに至ることこそあれ。



 移動し続けることに意味があるのかもしれない。つまり、大地に触れ、できるだけ自分以外のもの、あわよくば人間以外の要素のみに囲まれ、そこで歩き続けること。そういった欲求が無意識のうちに働いているのかもしれない。寒空の早朝に歩く紀ノ川沿い、熱帯夜にうずくまる四万十川の暗闇、ぼくはそういった瞬間に、自分の容認される感覚を抱いているのかもしれなかった。



 アイスランドを旅する間、ぼくはゆっくりと本を読んでいた。それは古く、名も無い小説で、長野の山奥に住む叔母から送られてきた古本だった。飛行機から飛び降りた男がセックスを拒んでレモネードを飲む話だ。大学に進学して引っ越すときに、何かに紛れて失くしてしまった。ぼんやりと、ある女性の首筋を思い出している…ぼくはそこに傷をつけたい。