2013/07/27

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 学期末が終わった。幾つかの課題と試験を済ませて、その間に二十二歳になった。いろいろな人から祝われた。幸せだなと感じる一方で、何か悲しい思いもある。どうしてかは分からない。何か虚無感のようなものが胸の中にあってとれない。
 年だけを重ねている。何も成長していないのではないか?ただのんべんだらりと日々をやり過ごしているだけのような気がしてならない。勿論、単位はそれなりに取っているし、好きなことを勉強するのにも、大きな充実感を感じている。けれどもなんだろう、どういうわけか、実感が無い。つまり、生きているという実感、愛されているという実感。

 考えるということと、行動するということについて、昨日アキと話した。彼女は髪を触りながら、女友達の恋愛について愚痴っていた。彼女の言い分にはぼくもおおむね同意した。結局のところ、一般的な恋愛なぞ遊びのようなものなのだ。それをさも高らかなる交渉であるかのごとく振る舞うあたりに、根本的な誤りがある。もし真剣に人を愛そうとしたら、まずもって幸せなどではありえないはずなのだから。

 喜びや幸せと言うのは、悲しみや絶望のひび割れた隙間からわずか漏れ出してくる汁のようなものに過ぎないのだ。幸せとはそういうものだ。野球をしていても、イギリスで暮らしていても、無為徒食の日々にも、まさにそう思う。

 ただ、ぼくは、行動しなければ考えていないと同様だという思いを口にしたが、彼女はそれを少し違えて捉えているようだ。行動こそが、という意味ではない。その人にとっての思想とは、行動ないしは非行動で以てのみ表現され得るということを言いたかったのだ。行動しないことも一つの表現だ。ぼくがそうであるように、行動によって精神の向上ははかれないと信じる人間も居るということ。

 アキと話すのは本当に楽しい。彼女も考えているからだ。そうして何より学がある。彼女と会話をするたび、ぼくは教わっている。そういう感覚を、大学に来てからほとんど感じない。高校のころはNが居た。こういう友人は本当に貴重だと思う。だからこそ腹を割って全てを話してしまうし、それゆえ時には不愉快な思いもさせるかもしれない。

30日から愈々免許合宿である。不肖にして二十二での取得と相成らんとしているが、本をたくさん持っていこうと思っている。インターネットすらない環境だというから驚きだが、それなりに楽しみだ。

 二十二歳の抱負は、「懸命に生きること」
 ぼくらしからぬテーマである。

2013/07/19

幾つかの思うこと

 この夏すること。自動車免許取得、読書、就職活動に向けた準備。大学人入試の下調べ。友人と遊ぶ。友人と対話をする。自分の適性について考える。

 フランス語および哲学の教授であるところのK氏と、馴染みのバーが一緒であった。横浜駅東口のバーで、ぼくは気が向くとそこに行ってクリフォード・ブラウンやザ・バンドを注文する。それからウイスキーを頼んで大事に啜るのだ。また行こうと思った。けれどもあの小さな店内で教授と対峙することはいささか畏れ多くもある。

 最近は勉強をしている。研究会の最終発表があり、その翌週横浜の個室居酒屋で打ち上げを行った。青い水槽で囲まれた個室で、ぼくらはほとんどはじめて心を許したのではなかったか?しかしそこでもまた、ぼくは陳腐な大衆感情を突きつけられる。帰り道の相模原鉄道、二年の女の子と二人で、酔いどれの世間話にまた、酔いしれた。途中で降りて乗り換えた。そこからは独りだった、すっかり落ち着いて、鞄の中から本を出して読んだ。

 勉強?ぼくは大学に入って終ぞまともに勉強なぞしていなかった。ここにきて焦るのも変な話であるが、しかし焦燥は悪くない。昨夜十時まで大学図書室までこもり、帰り道にSと偶然会った。「大阪の飛田新地って知ってるか、一緒に行こうぜ」と彼は言った。ぼくは笑った。彼の話はいつでも面白い。ぼくの興味をかきたてる。

 コンプレックスを持つ人間がすごく愛おしい。というより、コンプレックスがない人間はいないのだろうけれど、そのコンプレックスの規模や、それに対する態度だとかで、彼の魅力は左右されるのかもしれない。

 Kが最近つまらないのは、そのコンプレクスドな日々に終止符を打って、完全に突き抜けた感があるからだ。おそらくそれは彼の健康にとっては少なからず良いことで、その意味では心から祝福したいと思う。けれども、彼も又ありふれた潮流、味も匂いもない無機質で空疎な潮流に足並みをそろえてしまったことは、何か対岸から見ている人間としては寂しくもあるのだ。ぼくだって、その大きな流れに沿って歩いていることは間違いないし、別の流れに足並みをそろえようともまた、していない。そういう立ち位置にあってさえなお、それはすごく辛いことだ。

「楽しければいいじゃないか」

 彼は、彼女は、そう言う。

 ぼくはその言葉が一等嫌いなのだ。

 金も無く、知識も無く、名誉も無いところで、楽しんでいたって虚しくなるだけだ。

 何も批判しているわけではない。ぼくには理解ができないというだけの話だ。大学に行こう。

2013/07/09

幕の内サディスティック

 瞬く間に夏が訪れた。大学祭の夜、永遠のような宴に酒を次々仰いで何もかもを忘れようともした。花火の音だとか、それに重なろうとする幾つもの記憶。週が始まってスコールが降った。スコール?地元の知り合いの母親が亡くなった。いろいろなことを考えずにはいられない週末と、月曜の夜、とはいえもうほとんど火曜である。ぼくはまた眠れない。

 もし最後にどうしようもないほどの悲しみが訪れるとすれば、いや、それは必ず訪れるものだ。そうだとしたら、どうして人は愛を根拠にできるだろうか。それで幸せなのか。無限の、深い深い悲しみが最後に襲ってくることは自明ではないか?それをしても、それまでの時間の方が幸福であると明言できるか?いや、不可能だ。人の寿命はそれぞれ異なるし、ぼくらにそれを推し量ることはほとんどできない。

 幸福というものについてもっときちんと考えるべきだ。「こういうものだから」と言って知りもしないのに行動をとっては馬鹿を見るのだ。ぼくはそう思う。その意味で、行動ありきの経験論が支配している日本の、或いは現代のアカデミズムは理解ができないのだ。高名な教授が言うのだ。「経験こそが命である」と。しかしぼくはそうは思わない。中学三年間を怒涛の中に暮らし、高校三年間を驚くほどの退屈さの中に耐え抜き、そうしたあとに残った思いは、決して経験がものを言うわけではないということだった。そしてこの真理さえも、経験なくして気付くことのできることだとぼくは思う。いや、経験を通してしか理解できないのでは、遅いのだ。人は死ぬし、夏は過ぎていく。

 近所のおばさん、すごくよくしてくれた。多くの言葉を交わした記憶はないが、それでも優しく、小学生であったぼくらを見ていた。良い人であった。早逝すべからざる人が逝き、ぼくのような愚鈍で矮小な若造がのうのうと生きている。これを見て何も感じないはずがないのだ。ぼくは生きなければならない、それもまともに、生きる必要がある。

 ぼくは自分のことを一等正しいなどとは思っていない。正しくありたいと思うだけであって、唯一ぼくの言論の中で正当性に自信を持てるのは、この一点のみなのだ。

2013/07/06

夜の隙間から光が漏れた

 夜が明けて、風の強い朝を散歩してきた。公園で少しだけ本を読んだ。長い夜だった。眠っていない。今日は大学の七夕祭がある。後輩を労いに足を運ぼうと目論んでいるが、如何せん眠らないことには夜の飲み会に赴くことすらままならなくなりかねぬ。ということで、少しだけ眠ろうと思う。昼前には起き上がりたい。眠りの穴が黒く足元に口を開けている。彼はぼくを待っている。肉が少しずつ剥がされていく―それは引力だ、ぼくの眠りは惑星のように丸い。微睡みの終わりに。