2013/12/16

流れ星

 横浜のバーでマスターとだべって、少し酔いながら電車に揺られ、部屋へと続く最後の坂道をゆっくりと上っていると、向こうの夜空で流星が一筋降った。先刻ふたご座流星群の話をしたばかりで、ぼくは何とも言えない気持ちになった。道の真ん中で立ち止まり、ぼうっとその残像を追いながら、ただ彼女のことを思わずにはいられない。夜の澄み渡った空気がぼくには痛いくらいで、無意識に漏れ行く霞んだ白い息が、街灯に照らされながら電線のあいだをすり抜けていくのが見えた。

 部屋に戻って音楽をかけて、風呂を沸かして本を読んだ。読みなれた一節に目を通しながら、やはりぼくは思い出す。良い文章というのはそういったものだ。物語の情景の中に記憶があいまいに溶け込んでいて、その文末に向けて追うごとに、自然に、ゆっくりとぼくは思い出す。古いロックがかすれた音をレコードに鳴らして、ぼくはますますウイスキーを飲みたいと思った。けれどもひとまずは風呂に入ることが先決だ。ぼくはクリスマスのことを考えた。喜んでくれるだろうか。

 中学生のころ乗った観覧車に乗ろうと言った。彼女は電話越しにいいねと笑った。十三の頃、別れの直前に、ぼくらは近所にぽかんと浮かぶ観覧車に乗ったのだ。今でも鮮明に覚えている、と彼女は言った。ぼくもだ。ぼくらが一言も言葉を交わさなかったという記憶も一致していた。恥ずかしかったのだろう、そういう恋愛であった。ぼくはイギリスに渡って、彼女は日本に残った。何も分からないころの話だ。けれどもきっと彼は、いまと同様、いろんな下らない、果ての無い思いを巡らせていたに違いない。結局のところ、ある程度の時間がなければ分からない類の真実が、世の中には存在しているからだ。

 川沿い、土手にも行こうと話した。真冬、彼女は白いダウンを着て橋の向こうに待っていた。ぼくは彼女を手招いて、川の土手を降りた。かすかな水音と、頭上の端を行き交う車の音とがしていた。ここでもぼくらはほとんど会話をしなかったろう。ぼくは彼女に細やかなプレゼントを渡した。川はゆっくりと流れていて、ぼくは―本当に、驚くくらい鮮明に覚えている―この流れが少しずつゆっくりになって、最後には止まってほしいと望んだ。そうすればぼくらも離ればなれになることはないのだ。

 年明け、ぼくは彼女と同じ新幹線で地元に戻る。九年間をさかのぼるように、車体はぼくらを運んでいくのだろう。

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