ビリと電気が駆けたような気がする。分厚い扉を開けて外に出ることを考えたけれど、止めた。それはぼくには叶わないこのように感じた。扉はあまりに分厚すぎる。いつか読んだ漆喰の壁のことを思い出している。そこに十戒が書かれていた、葡萄畑のイメージ…話の内容は思い出せない。時間の流れるスピードが分からなくなった…日は傾いたのだろうか、ステンドグラスの弱光で本を読んでいる。
愛が融けてパイプオルガン、元町をゆっくりと一人歩いた夕方を思う。マドレーヌをやり過ごしてグリューヴァインを買って、一人啜りながら冬の街を歩いていた、風の匂いもガスの匂いも親密で、橙の外灯に照らし出された煉瓦通りはどこまでも続いているように思われた。けれどしばらく歩けばそれは終る。通りの最後に小さなバーがあって、中からライブの音が漏れていた。フランク・シナトラ、じれったいほどのスローなアレンジで、ぼくはその硝子戸に映った自分の姿をじっと見ていた―愛が融けて、頭の先から爪の先までが、上から順にゆっくりと融けていく様子を。
暗がりにぽっかりと空いた地下鉄の駅に潜って、部屋に戻った。
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カセドラルのことはもういいんだ、ブリスベンの通学路にシティホールがあった、噴水の前を通ると、いつも妙な匂いがした。時間がパキと音を立てながら融けていく。
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