涼しくなってきた。昼前、支度をしながら、この部屋に越してきたころのことを思い出していた。大学に入学するまでの数週間、ぼくはあえてこの部屋を拠点にして、あてもなくさまざまな土地を歩いた。がらんどうだった、当時は自転車と、オーディオと、本しかなかった。ベッドさえなかったし、テーブルもラップトップもなかった。茶色のフロアリングに仰向けに倒れて、黄昏の部屋に音楽を聴きながら考え事をするのが好きだった。ぼくは十九だった。いまよりも四年若く、いまよりも失うべきものごとを四年分背負っていた。
この部屋に居るのも、残り半年足らずとなった。ぼくは四年前と同じように、仰向けになって天井を仰いだ。少し太って、筋肉がついて、いくつかのことを忘れた。いろんな匂いを知って、それは即ち、いろんな匂いを失うことに相違なかった。台風が近付いているからか、頭が痛かった。寝不足の所為か昨晩の深酒の所為か、ぼうっとした脱力感が身体に膜のように張り付いている。
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昨晩ぼくは泣いたのかもしれなかった。
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