2013/06/16

土曜の蒸気

 暗闇の中で文章を書こうとしている。というのは、つまり物理的な話だ。ぼくは部屋の明かりをすっかり消して、パソコンだけを点けてこれを書いている。スピーカーからは斉藤和義。濃密な夜の中で、また眠れなくなった。明日はきっと試合はないだろうし、それならいっそ、この雨を楽しもうじゃないかと思うのだ。暗闇。



 ダンスサークルの公演を観に行った。二年連続、合計三度目。やはりすごく、面白い。一つの芸術だ。はっきり言って、ぼくは以前ストリートダンスたるを舐めていた。しゃらくせえと思っていたのだ。けれどもすごい。多くの友人を発見しては感動していた。ぼくらは一年の頃から飲んでいた。彼らは途中で抜けるのだ。深夜練があるから、と。彼らはタフだ、そしてまともだ。

 それから酒を飲んだ。友情だとか愛情だとか、支配欲だとか嫉妬だとか。海から吹いてくるじっとりと湿った風が大地を這ってやってきた。ビールのグラスにはすぐに水滴がまとわりついた。なんといっても梅雨なのだ。世界全体が膜をはっているようだ。何もかもがヴェールの向こう側にあるように感じる。或いは、ぼくだけがヴェールの下に隠されているのかもしれない。

 渦巻く欲望がジェラシーの色を含んでなんだかよく分からないことになっている。ノブクリークのロックを最後に二杯飲んで、アンチョビポテトを平らげると会計を済ませて別れた。ぼくは本を読みたいと思ったけれど、それにしては汗が残っていたし、何より眠かった。早く帰ってシャワーを浴びて寝てしまおうと思った。けれどもこの有様だ。ぼくは眠れない。

 そう、ぼくには見えるのだ。渦を巻いて竜巻のごとく空に伸びるぼくの心情が。帰り道、まだ雨の降らぬ道を自転車でゆっくり進んでいると、確かにそこには渦があった。ぼくは恐ろしくなって、目をそむけた。ぼくはぼくだけの殻に閉じこもっている。分かってる。けれども外に出ようと思えないのだ。ぼくは結局、ぼくだけでしかない。大切な友人も、頼りがいのある先輩も、無邪気な後輩も、可愛くていやらしい女の子も、結局ぼくの横を通り過ぎていく。そういう感覚がずっと剥がれない。どれだけ腹を割っても、どれだけ体を重ねても、ぼくは共有されない。でもこれは当然のことだ。何も不思議じゃない。だってぼくはぼくだけでしかありえないし、理解されようとすらしていないからだ。

 寂しい、と思う。ずっとぼくは寂しかったし、きっとこれからも寂しいのだろう。救われたいと、思わないわけではない。もし本当に、誠実に、嘘をつかずにぼくに触れてくれる人がいるのなら、ぼくは彼女と酒を飲みたい。けれど怖いのだ。ぼくにとって愛の価値は暴落し続けている。安物には何があろうと触れたくない。この感情は一体なんだ?汚らしいナルシシズム、或いは不道徳なヒロイズム。バドワイザーを飲み干すと、ようやく眠気が訪れた。

 

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