はっきりと思い出す。煙草の煙も霧消して、ウイスキーの酔いもすっかり醒めて、最後には彼女だけがそこに残る。深夜、小田急の蒸し暑さの中で、ぼくはドアにもたれ掛ってじっと考えていた。ぼくはまさにそれだけのために暮らしてきた。そうしてそれは、確かにはじまりであるはずだった。いや、そうしなければならない。新宿駅の改札で、彼女は耳元にそう告げたのだ。
…言葉にならない。文字に起こすことは、ときにかくした障壁を感じさせる。表現することでそれはたしかにはじめて保存され得るのかもしれないが、けれどもぼくにはそれを文字にする為の手段が無い。そり立ったアイスランドの岩山を思い出す。ぼくにはその瞬間の気持を言葉にすることができないのだ。ただひとつ言えるのは、ぼくにはもう、ひとつしかないということだ。
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